大阪高等裁判所 平成2年(う)950号 判決
論旨は,原判決が証拠の標目に挙げている大阪府警察本部刑事部科学捜査研究所技術吏員作成の鑑定書は,その対象とされた尿が,本来は許されない強制採尿手続により得られたものであるから,証拠能力が否定されるべきであって,結局補強証拠を欠くのに,原判示事実を認定した原判決には,判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反がある,というのである。
…中略…
所論はまず,最高裁判所昭和55年10月23日第一小法廷決定(刑集34巻5号300頁)が,強制採尿が許される要件として示した「犯罪の捜査上真にやむをえないと認められる場合」というためには,被疑者が犯行を否認し,尿の提出を拒否していることが不可欠であると解すべきところ,本件強制採尿は,前後不覚(錯乱)の状態で保護された被告人の意識が回復しないうちになされたもので,被告人は犯行を否認したり,尿の提出を拒否したりはしていないから,「犯罪の捜査上真にやむをえないと認められる場合」になされたものとはいえない旨主張する。
しかしながら,同決定は,当該事案に即して,犯行否認及び任意採尿の拒否の事実を,強制採尿が「犯罪の捜査上真にやむをえないと認められる場合」に当たると判断するための一事情として摘示しているに過ぎず,右のような事実が存在することを,強制採尿が許容されるための不可欠の要件としたものとは解されないから,所論は採用できない。(なお,所論は,精神錯乱状態を来して,自己の刑事訴追に対して正当な防禦権を行使しえない状態にある者に対しては,いかなる令状によろうと絶対に強制採尿は許されないともいうが,独自の見解であって,その失当であることはいうまでもない。)。
次に所論は,被告人は①警察署の保護室内で尿を失禁して下着を汚していたから,これを押収して鑑定すること,②強制採尿された後も丸一日間病院のベッドに横臥して昏睡状態にあったから,右ベッドにドレーンパックを取り付けて被告人の尿を採取することなどの代替手段があった旨主張する。
しかしながら,①の尿失禁の点についての被告人の原審供述は「被告人は丸一日(警察署の保護室で)拘束されていますが,小便はしませんでしたか」との問に対し,「後になり気がつくと,服に洩らしたあとがついていました」というものであり,当審供述も下着(ランニングシャツ)全体が黄色くなっていたのを,病院で正気に戻ってから気付いた,下着を脱いでその上に小便したような感じであった,というもので,下着に付着したものがその時期の被告人の尿であることが定かでないうえ,仮にその下着から覚せい剤成分が検出されたとしても,これが他から混入したものでないとはいい切れない。
また,当審における事実取調べの結果によれば,②のベッドにドレーンパックを取り付けて尿を採取する方法とは,尿道障害等により自然排尿が困難である患者の体内に管を埋め込み,その管を通して尿等を排出させるものであり,他にハルンパックという方法もあるが,これも尿道に管を挿入して導尿した尿を袋に溜めておくもので,寝たきり老人等で尿失禁がある場合,手術後等で体を動かすことを禁ずる必要がある場合,一日の尿量を計る必要がある場合に使用するものであるところ,被告人にはこれらを使用する必要がなく,かつ,これを使用するとかえって危険であったことが認められるうえ,これらは導尿管を尿道から膀胱に差し入れて尿を採るという重要な点において,本件強制採尿と異ならないから,これを代替手段というのは適当でない。
その他,弁護人が当審弁論において主張する①被告人の意識の回復を待つ方法は,覚せい剤成分が急速に体外に排出されるとされていること,未だ摂取時期も不明であったことに徴し,②警察署ないし病院で被告人を克明に観察し,便器に排尿した場合(外からボタンを押さない限り尿は流れない)これを鑑定する方法は,被告人が意識不明で便器への排尿が必ずしも期待できず,③医師に利尿剤を注射してもらって排尿を待つ方法は,それ自体問題であって,いずれも代替手段として適切であるとはいえない。
…中略…
以上のとおり,本件強制採尿は他に適当な代替手段も見当たらず,犯罪の捜査上真にやむをえない場合に該当するものと解するのが相当であって,これに違法のかどはなく,所論の鑑定書の証拠能力は否定できないから(なお,右鑑定書は原審において同意書面として取り調べられている。),論旨は理由がない。